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解けたトラウマ

もう20年以上前のこと。
ある家族と
それはもう本当の家族のように、
親密に付き合っていました。

お互い3人の子どもがいたので
2家族でいると、子どもたちは6人姉弟になって
まるで子犬が遊んでいるようでした。


ある冬、蓼科高原に、
その家族5人+1人(親戚の男性)と
私たち母子4人の、合わせて10人でスキーに出かけました。

インドア派の夫はもちろん留守番です。

私はその時、スキーが初めてでした。
小学生の長女は、それまでスキー教室に参加したりで
多少滑れましたが、あと2人の子どもたちも全く初めての雪山です。

何がなんだか、よくわからないけど、

え~、いいのかなぁ

言われるがままにスキーを履き
立っていいるだけで精一杯だけど
エイッとリフトに乗せられ、私たちは運ばれていきました。

リフトに乗っているときは、
わぁ~きれい!と、いい気なものでした。
なんとまあ、無知で愚かな私だったでしょう。

いざ降りる段になって青ざめました。
小さな娘を抱きかかえ、死に物狂いで飛び降りて...

ハッと気づくと、

残っていたのは

私と3人の子どもだけ...


いつの間にか友人家族の姿は消えていたのです。

雪山のてっぺんに置き去りにされて
途方にくれました。


どうすればいいの?わたしたち...


多少は滑れる長女にしても
こんな上まで来たのは初めて

仕方ない

滑れるあなたは、何とか自力でいきなさい。


そろそろと滑っていく長女の姿を目で追いつつ

さあ、困った。

何とかしなくっちゃ。

でも、なんともならない(T_T)

どんなにがんばっても
すぐに両手両足が
まるでディズニー映画のプルートのように
ビローンと遠くへ広がっちゃいます。

ああ、泣けてくる

とはいえ、なんせ2人の子ども連れ
私が何とかするしかありません。


滑れもしないくせにこんなところに来るなよ、
横をすり抜けていくスキーヤーたちの
冷たい視線を感じつつ
私は3人分のスキーを担いで
雪まみれになりながら
へとへとになって麓へたどりつきました。

ゲレンデのレストランで
温まりながらお茶を飲んでいる
友人の夫の、遅かったね、という言葉に
泣きたい気持ちと怒りに震える気持ちで、声も出ません。

でもその思いを私はなぜか
友人にぶつけることをしなかったのです。

出来なかった、と言っていいのかもしれませんが。

その夜、寝息を立てている子どもたちの横で
無力感と悔しさに、私は声を殺して泣きました。

ただそんな私を
幼かった次女だけは見ていました。

私と娘はまだ卵の白身と黄身の関係。
このトラウマは私だけのものではなく
娘のトラウマにもなりました。

いえ、おそらく、子どもたち全員の


以降、出先で雪が少しでも降ってくると
恐怖に身が縮こまりました。


友人への不信感は
その時を境に
少しずつ見えない澱のように
溜まっていきましたが
結局、関係が途絶えるまで
それからまだ数年が必要でした。


でも長い時間の経過とともに、わかってきたのです。
越えられなかったのは、雪でもスキーでもなく
また友人でもなく
適切に自分の感情を表現できなかった
私自身であることを。


この年末、京都であった
バイオグラフィカルカウンセリングの合宿で、
私はこのテーマに向き合いました。

思い出しただけでも泣けてくる、
そんな気持ちは、もうとっくに消えていたと
よくわかりました。

そして、合宿から戻った翌日
大晦日の人混みでごった返すデパートの、
同じ和菓子屋の同じカウンターに
私とその友人は、肩を並べて注文をしていました。

なんという偶然
なんという不思議でしょう。
自分の感情を認識した途端に、当人登場!!!

これこその意識の現実化?


声をかけられ、顔を合わせても、
その人だとは一瞬わかりませんでした。
会わなくなってから、もう10年以上が経っていました。

私たちはどちらともなく抱き合い
会えてよかったね、と言いました。

心の中に凍っていたトラウマが解けた瞬間でした。


2011_0117.jpg





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私の中の「月」

11月から豊橋でのバイオグラフィーワーク
第3シーズンがスタートした。

参加してくださる方、
まとめてお世話してくださる方
素敵な場所を貸していただけること、などなど
いろいろな力が結集して
このグループでのバイオグラフィーワークも
3巡りを迎えた。

テーマは「私の人生と7つの魂のタイプ」

初回の取り組みは私の中の月

特に月の質を強く反映していると思われる
与謝野晶子の人生を振り返りながら、私は思った。

私の月は?

母性、家庭、豊穣、多産、多彩、模倣、記録、本能、秘密...
どの角度から見ても、私の月的要素は
私の人生に色濃く映し出されている。


子どもたちは私の人生への大きな贈り物。
時間よ、止まれ!
と言いたいほど命が華やいだ日々。
彼らが成人して、巣から旅立ったあとも
泉のように湧いてくる私の母性。

その行方は彷徨いもせず
新たな人間関係の中で発揮されている。
バイオグラフィーワークの仲間や
バッチフラワーの学びを共にする仲間たちに。


よかったね、わたし 








対話

バイオグラフィーワークでは、必ずシェアリングをするけれど
傾聴や話し方、時間の感覚を磨くために、ワーカーたちは普段も対話の練習をする。
これはバレリーナが、毎日、基本練習をするのと同じことかもしれない。
ただし対話には相手がいるし、普通の会話ではないので
お互いに、意識的な対話の練習をするという合意が必要になる。

昨日は、長年のオイリュトミー仲間であり、バイオグラフィーワーク仲間でも
あったOさんが、転勤で名古屋に戻り、何年ぶりかで訪ねて来てくれたので、
ちょっと違う試みで、10分×4巡~で、合計80分のダイアログをした。

対話の約束事はこんな風だ。
それぞれが自分の話したいテーマを持って、そのテーマは外さない。
自分の持ち時間の10分間は、たとえ話すことが途切れても
時間が来るまでは、相手に替わってもらえないし、
逆に、話がどんなに乗ってきても、時間が来たら交代する。

相手が話す時は、自分は傾聴する。
傾聴というのは、決して受身ではない。とても能動的なもの。
けれど、だからといって、反射的に合いの手を入れたり、
過剰にうなずいたりすることは、意識的に控える。

それぞれのテーマが違っても、対話が巡るうちに、
微妙に糸が絡んだりほぐれたりするところが
非常に刺激的で面白い。鼓舞されるけれど、すごく疲れる・・・

終わってお茶を飲みながら、気分に任せて喋っていると
今度はいつの間にか、コンサルテーションのようになってしまっている。
イカン、イカン、これは習い性というものか、反省。

人の話を聴くのが仕事だから、当然かもしれないけれど
たわいのないお喋りとか、気楽に聞き流したりすることをしなくなって、
もうずいぶん長くなる。無意味な会話は、対話の練習以上にすごく疲れる。
結局、何を聞いても喋っても、ハードだってことだよね。

水の星



バイオグラフィーワークで取り組んだ、バッハの人生
どこからどう手をつけていいのやら,途方に暮れていたとき
まるで雲間から光がさすように
私に方向性を指し示してくれたのが、この映像と茨木のり子の詩だった。

イタリアルネサンス以降、私たちは意識魂の時代に入ったといわれている。
だから、バッハの生きた18世紀も、21世紀の現代も一くくりの同じ時代。
けれどそこには、明らかに、意識の進化におけるレベルの違いがある。

現代人の私の立ち位置からバッハをみると
彼の個人性と音楽との間に横たわる、不思議な落差。
その意味が理解できた。
さあ、私よ。もっと、目覚めなさい、ってところですね。


水の星      茨木のり子

宇宙の漆黒の闇のなかを
ひっそりまわる水の星
まわりには仲間もなく親戚もなく
まるで孤独な星なんだ

生まれてこのかた
なにに一番驚いたかと言えば
水一滴もこぼさずに廻る地球を
外からパチリと写した一枚の写真

こういうところに棲んでいましたか
これを見なかった昔のひととは
線引きできるほどの意識の差が出てくる筈なのに
みんなわりあいぼんやりしている

太陽からの距離がほどほどで
それで水がたっぷりと渦まくのであるらしい
中は火の玉だっていうのに
ありえない不思議 蒼い星

すさまじい洪水の記憶が残り
ノアの箱舟の伝説が生まれたのだろうけれど
善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに
子子孫孫のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい

軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
いのちの豊饒を抱えながら
どこかさびしげな 水の星
極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで

あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう

プロフィール

たまゆら

Author:たまゆら
テーマはいつも「対話」
誰と?私自身と。
私とあなた。世界と私

バイオグラフィーワーカー
バッチフラワーの
プラクティショナー(BFRP)

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