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パイン~罪悪感の落とし穴

パイン~罪悪感の落とし穴

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英名 Pine
学名 Pinus Sylvestris
和名 西洋アカマツ
キーワード  すまない気持ち
飲んだ期間 2015/2/4(蟹座の満月)-2/18


人に迷惑をかけたり、損害を与えたりしたら、
ごめんなさいと詫びるのは当たり前のことですし、
一般的に言って、誰かに悪いことをしたら、
申し訳ないと思うのも、自然な感情ですが
私たちは、人間としての倫理観に基づく範囲から
ちょっとはみ出すこともあれば
逆に痛みを与えられても、まあまあと、我慢したりします。

パインのネガティブな状態というのは
そういったことではなく、
自分の、足りなさ、不完全さに対しての罪悪感で
それは自分が引き起こしたような問題だけではなく
他者の問題や失敗に対しても、
自分のこととして、失望したり、落ち込んだりします。

つまり、そういう状態に気づかなかった自分
サポートできなかった自分を罰する形となって
現れてくる罪悪感です。

完全主義って、厄介だなあと思います。

ちゃんとできる、きちんとできる、ってもちろん悪いことじゃないし
世の中の仕組み上、そのほうがいいことも多いのですが

でも、できない私、いけない私を
私が許せないってことは、一体どういうことでしょう。

それって、できて当たり前ってこと?

そこまで、私って、できる人?

と考えていくと
これって、かなり傲慢なことなんじゃないか、って思います。

実は、これは自分への戒めです。

以前、仕事上で、大きなミスをして、
自分の迂闊さやふがいなさ、
不注意さに、はなはだ落ち込んでいました。

そんな私を見て
ずっと年上の方に諭されました。

そのくらいの失敗なら、誰にでもある。
あなたは、そんなに自分ができると思っていたのね、と。

私はハッとして
とても、恥ずかしくなりました。

確かに私の心の中には
自分としたことが、とか、
こんな失敗をしてしまう私なんて、と
いう気持ちがありました。

できるはずの私のイメージが染みついていました。
これは罪悪感の落とし穴。

もちろん、罪悪感の心情には
もっと複雑で、言葉にできない深いものもあります。

でもやはり、そこには、できる私、
いえ、できなければならない私、が潜んでいるように思えます。

理想的な私の存在。
できた娘、妻、嫁、母、その役割を果たす素敵な私!?
このイメージって、結構幼い時期に由来しているんじゃないでしょうか。

できなくったって、いいじゃないか。
できて当たり前と誰が決めた。

パインのプラスの指標には
「ありのままの自分を受容する」というのがありますが
できない私を認めるというのは
逆に、自分の限界を広げていく
落とし穴から出て、
次への道を拓く扉でもあると思えるのです。

大したことのない自分、小さな自分だけど
一生懸命やってます。
それだけで、十分、よくやってる、と自分で自分を認められたら
ちょっと大きくなれる、ってことなのかな。

umashi-1 075
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